でぃすかばー・とうきょう
歩いて見ました東京の街

第二章 千代田区
補-5 (6/9)
和泉橋 <千代田区岩本町>

02-05-01-01案内板 1976-07-24

02-05-01-02和泉橋 1976-07-24

02-05-01-03和泉橋 1976-07-24

02-05-02-01上流側 1976-07-24

02-05-02-02下流側 1976-07-24

02-05-02-03柳原土手跡 1976-07-24

02-05-03-01和泉橋 1984-06-18
右に行くと秋葉原

02-05-03-02和泉橋 1984-06-18

02-05-04-01案内板遠景 1990-02-07

02-05-04-02案内板詳細 1990-02-07

02-05-04-03案内板詳細 1990-02-07
万世橋 <千代田区神田須田町1丁目>

02-05-05-01案内板 1976-07-24

02-05-05-02下流和泉橋を1976-07-24

02-05-05-03橋柱 1976-07-24

02-05-06-01昌平橋から 1983-03-01

02-05-06-02秋葉原方面 1983-03-01

02-05-06-03旧万世橋駅 1983-03-01

02-05-07-01フェンス詳細 1987-03-26

02-05-07-02フェンス近景 1987-03-26

02-05-07-03フェンス遠景 1987-03-26
昌平橋 <千代田区淡路町2丁目>

02-05-08-01橋柱 1976-07-24

02-05-08-02橋柱 1976-07-24

02-05-08-03万世橋方面を 1976-07-24

02-05-09-01総武線架道橋 1976-07-24

02-05-09-02総武線架道橋 1984-06-18

02-05-09-02総武線架道橋 1984-06-18

02-05-10-01改修後の昌平橋 1985-04-16

02-05-10-02案内板 1985-04-16
1691年(元禄4年)に徳川綱吉が孔子廟である湯島聖堂を建設した際、孔子生誕地である魯国の昌平郷にちなんで昌平橋と改名した。明治維新後に相生橋と改められたが、1873年(明治6年)に洪水により落橋。1899年(明治32年)に再架設された際に再び昌平橋の名称が付けられた。現在の橋は1928年(昭和3年)に架け替えられたもので、地元有志の働きかけにより高欄・橋灯が修復されている。
聖橋 <千代田区駿河台4丁目>

02-05-11-01文京区側を 1976-10-23

02-05-11-02千代田区側を 1977-07-06
02-05-11-01
左手前東京医科歯科大学、奥が文京区役所

02-05-11-02
ニコライ堂のドームが見える

02-05-12-01湯島聖堂と 1976-07-24

02-05-12-02湯島聖堂と 1976-07-24

02-05-12-03湯島側から 1976-07-24

02-05-13-01由来碑遠景 1992-06-21

02-05-13-02由来碑近景 1992-06-21

02-05-13-03由来碑詳細 1992-06-21
鍛冶橋 <千代田区丸の内 3-8>

02-05-14-01案内板 1976-09-01

02-05-14-02皇居側を 1976-09-01

02-05-14-03京橋側を 1976-09-01
呉服橋 <千代田区丸の内 1-8>

02-05-15-01案内板 1976-09-01

02-05-15-02日本橋側を 1976-09-01

02-05-15-03大手町側を 1978-05-15
一ツ橋 <千代田区大手町1-4>

02-05-16-01案内板 1976-09-02

02-05-16-02皇居側を 1976-09-02

02-05-16-03神田側を 1976-09-02
右如水会館

02-05-17-01橋柱 1976-09-02

02-05-17-02橋から 1983-02-28

02-05-17-03橋から 1983-02-28

02-05-18-01神田側を 1990-04-09

02-05-18-02案内板 1990-04-09
一ツ橋付近はもともと日本橋川と小石川(現在の白山通り)の合流地点であり、合流点をあらわす「ひとつ」がこの地点に架かる橋の名称、さらにこの付近の地名になった。町名の由来となった一ツ橋は後述の一橋御門の築造以前から存在していたと考えられている。
<wikipediaから>
雉子橋 <千代田区一ツ橋1丁目>

02-05-19-01案内板 1976-09-02

02-05-19-02左住友商事 1976-09-02

02-05-19-03奥が共立女子大 1976-09-02

02-05-20-01橋全景 1976-09-02
東京都心の川の上には高速道路が通っていて、川の景観をひどくそいでいる。
1964年の東京オリンピック開催のため都内の道路整備を急がなくてはならなかったが、用地買収の時間がなかったため、大部分は公用地である川の上を通さざるを得なかった。それゆえ首都高はジェットコースターのように急カーブの連続なのである。
海外の大都市ではこのようなジェットコースターのような高速道路をみたことがない。
<ページオーナー記>
龍閑橋 <千代田区内神田3-1>

02-05-21-01橋全景 1976-09-02

02-05-21-02説明の碑 1976-09-02

02-05-21-03橋全景 1976-09-02

02-05-22-01橋柱 1983-10-18
もともと、神田の堀に架けられていた龍閑橋(りゅうかんはし)は、堀を埋め立てることで必要なくなりました。同じころ、この付近に開かれた新しい川に、いらなくなった橋をそのまま架けたのが、現在の龍閑橋の地名の由来となっている。まだ無名だったその新川は、橋の名前にちなんで「龍閑川」と名付けられました。今は無き龍閑橋は、その昔、神田と日本橋の両区の境線とするものでした。
 また「龍閑」という名については、龍閑川の西側にあった町に、旧幕府坊主の「井上龍閑」と言う人の家があったことに由来する。
 その後大正十五年(1926)に架け替えられた、この時日本で始めて鉄筋コンクリートトラスの大変に珍しい橋であった。その一部が今もこの場所に柵で囲み保存してある。
<http://homepage3.nifty.com/oohasi/から>
弁慶橋 <千代田区紀尾井町>

02-05-23-01全景 1976-09-05

02-05-23-02案内板 1976-09-05

02-05-23-03紀尾井町方面を 1976-09-05

02-05-24-01橋柱と街灯 1976-09-05

02-05-24-02赤坂方面を 1976-09-05

02-05-25-01橋全景 1983-03-15

02-05-25-02橋全景 1983-03-153

02-05-26-01赤坂プリンスホテル 1983-03-15

02-05-26-02赤坂プリンスホテル 1986-12-12

02-05-27-01古屋敷 1989-05-08

02-05-27-02案内板 1989-05-08

02-05-27-03古屋敷 1989-05-08
牛込橋 <千代田区富士見町2-9>

02-05-28-01案内板 1976-09-07

02-05-28-02神楽坂側を 1976-09-07

02-05-28-03富士見町側を 1976-09-07

02-05-29-01橋遠景 1983-05-06

02-05-29-02橋近景 1983-05-06

02-05-29-03神楽河岸跡に建てられた飯田橋セントラルプラザ 1983-05-06
小石川橋 <千代田区飯田橋 3-11>

02-05-30-01案内板 1976-09-23

02-05-30-02小石川側を 1976-09-23

02-05-30-03下流側から 1976-09-23
常盤橋 <千代田区大手町二丁目>

02-05-31-01橋遠景 1972-10-17

02-05-31-02渋沢栄一像 1972-10-17

02-05-31-03常盤橋門跡から 1972-10-17

02-05-32-01渋沢栄一像 1972-10-17

02-05-32-02標柱 1972-10-17

02-05-32-03橋柱 1972-10-17

02-05-33-01日本銀行を 1983-12-23

02-05-33-02常盤橋門跡案内板 1983-12-23

02-05-33-03橋全景 1983-12-23

02-05-34-01橋から公園入口を 1984-06-01

02-05-34-02常盤橋門跡 1984-06-01

02-05-34-03渋沢栄一像 1984-06-01

02-05-35-01常盤橋 1966-03-21

02-05-35-02常盤橋詰 1966-03-21

02-05-35-03橋全景 1966-03-21

02-05-36-01橋全景 1966-03-21

02-05-36-02常盤橋門跡案内板 1966-03-21

02-05-36-03橋全景 1966-03-21

02-05-37-01常盤橋門跡公園 1987-10-27

02-05-37-02常盤橋門跡案内板 1987-10-27

02-05-37-03常盤橋門跡公園 1987-10-27

02-05-38-01常盤橋門跡公園 1989-07-28

02-05-38-02常盤橋門跡公園 1989-07-28

02-05-38-03常盤橋門跡公園 1989-07-28

02-05-39-01常盤橋門跡公園 1909-01-30

02-05-39-02常盤橋門跡公園 1909-01-30

02-05-39-03常盤橋門跡公園 1909-01-30

02-05-40-01橋全景 1990-06-14
銭瓶橋跡 <千代田区大手町2-6>

02-05-41-01案内板詳細 1976-10-12

02-05-41-02案内板遠景 1976-10-12
神田橋 <千代田区大手町一丁目>

02-05-42-01案内板 1976-06-16

02-05-42-02丸の内側を 1976-06-16

02-05-42-03小川町側を 1976-06-16

02-05-43-01神田橋を 1983-02-28

02-05-43-02神田橋を 1983-02-28
御茶ノ水橋 <千代田区駿河台二丁目>

02-05-44-01聖橋から 1976-10-23

02-05-44-02順天堂病院側から 1976-10-23

02-05-44-03橋北詰から 1976-10-23

02-05-45-01橋南詰から 1976-10-23

02-05-45-02橋上から中央線を 1976-10-23
堀留橋 <千代田区九段北一丁目>

02-05-46-01神保町方面を 1976-11-29

02-05-46-02九段方面を 1976-11-29

02-05-46-03南から橋を 1976-11-29
今川橋跡 <千代田区鍛冶町 1-5>

02-05-47-01碑遠景 1978-07-31

02-05-47-02碑詳細 1978-07-31

02-05-47-03碑近景 1978-07-31
美倉橋 <千代田区東神田二丁目>

02-05-48-01橋北詰から 1982-09-29

02-05-48-02橋南詰から 1982-09-29

02-05-48-03橋全景 1982-09-29
水道橋 <千代田区三崎町2-9>

02-05-49-01橋柱 1982-10-05

02-05-49-02北側を 1982-10-05

02-05-49-03南側を 1982-10-05

02-05-50-01橋南詰 1982-10-05

02-05-50-02上流側から 1982-10-05
02-05-50-03下流側を 1982-10-05
左衛門橋 <千代田区東神田3-1>

02-05-51-01橋全景 1982-10-29

02-05-51-02橋北詰 1982-10-29

02-05-51-03橋南詰 1982-10-29

02-05-52-01橋南側 1982-10-29
俎(まないた)橋 <千代田区九段南 1-23>

02-05-53-01九段側から 1982-12-14

02-05-53-02橋柱 1985-02-27

02-05-53-03橋全景 1985-02-27
02-05-54-01橋全景 1985-02-26 九段下から靖国通りを神保町の方へ行くと、首都高速の真下に俎橋(まないたばし)という小さな橋があります。その横に小さな公園があるのですが、この公園の植栽内に一風変わったオブジェが存在します
76年周期で地球に大接近するハレー彗星が、1986年に地球に大接近したのを記念して作られたモニュメントで、名前を『寿人遊星』というそうです(…って解説がありました)。星に縁の深い南極星の化身で、道教の神でもある寿老人を模して作られたとのことで、よく見ると、頭の上の方に星が刻まれています。
南極星(≒カノープス)は、東京周辺では南の地平線に非常に近く、観測することが難しいそうです。ですから、この星を見た人は長寿になるという伝説もあるそうです。しかも、高度が低いので赤みがかって見えることから中国の伝説では寿老人の星、南極老人星とされています。この赤み掛かった色と、長寿になるという伝説が、酒を好んで赤い顔をした長寿の神とされている寿老人と被るんでしょうね。ちなみに寿老人は、日本では七福神の1人としても知られています
<にくきゅうポムポム、ふゆじたく。から>

02-05-55-01寿老人像 1987-01-13

02-05-55-02寿老人像 1987-01-13

02-05-55-03寿老人像 1987-01-13
新常盤橋 <千代田区大手町 2-7>

02-05-56-01撤去工事中 1984-02-07

02-05-56-02撤去工事中 1984-02-07

02-05-56-03撤去工事中 1984-02-07

02-05-57-01東北新幹線完成後 1989-11-13

02-05-57-02東北新幹線完成後 1989-11-13
02-05-57-03東北新幹線完成後 1989-11-13

なお表中の日付は写真撮影日を示します。

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2009-11-14作成 

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